私は昭和56年創業のたけ屋での初代パートです。

この事実は、これまでもこれからも私の誇りです。
当時は時給が370円という時代でした。

熊本から久留米に嫁いだばかりで、久留米の右も左も分からない私にとって、津福駅近くにあった、今より小さいお店だったたけ屋でのパート募集の張り紙を見たときに、ここで働きたい!と思ったのも昨日のことのように思い出します。

当時は大将と女将が二人で働かれていて、朝の仕込みから配膳、皿洗いの仕事など追われるように働いていました。
その当時の光景のひとつで今でも私が大好きだったのは、大将のうどんを湯切りするテボを振る姿です。
背筋をピンと伸ばして刀を振りかざすかのように振る姿に、私は惚れ惚れとしていました。(もちろんいやらしい意味ではなく笑)

瘦せ型の大将はスーツは似合わないけれど、釜の前に立って法被を着ている姿は似合っていて本当に格好いいものです。

今のお店に移ってからもしばらくパートとして働かせてもらっていたので、たけ屋では随分長い間働いていたことになります。
良いこと、悪いこと、ここでは言えないこと、一晩では語りつくせないほどあります。

たくさんの方々と出逢うこともできました。写真で顔を見れば、たいていはその人の名前や性格は言えると思います。笑

とにかく、大将と女将にはとても感謝しています。

大将は気が強く、時に口は悪く、矢を放つようにものを言う人ですが、情が深くて優しい、男の中の男だと私は思います。

女将も気が強い人で大将としょっちゅう喧嘩していましたので当時は二人の間に入ることもしばしばでした。笑

しかし女将は家庭と仕事を両立させてましたからね、本当にすごいと思いますよ。
これからも私はたけ屋でパートしていたことを誇りに思いながら、たけ屋のファンとして食べに行きますよ。

味には本当に妥協を許さないこだわりの強い大将ですから、これからのずっとその信念を貫いていってもらいたいものですね。